疾患の解説

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  • 1.子どもの肝炎について
  • 2.肝炎を起こした子どもの治療
  • 3.世界各地で発生が報告された急性肝炎について



  • 3.世界各地で発生が報告された急性肝炎について

    2022年4月15日、WHO(世界保健機構)からヨーロッパやアメリカを中心に原因不明の小児急性肝炎の報告が急増している、その一部では肝臓移植がおこなわれて救命されているという情報が発信されました。特にイギリスでは見つかった子どものうち約7割がアデノウイルスに感染していたと報告され、アデノウイルスと関連があるのではないかと指摘されました。このことは、ひょっとすると新型コロナウイルスの感染流行が関係しているのではないか、あるいは未知のウイルスやアデノウイルスの新しい型のものが子どもたちの間で流行ってその一部が急性肝炎を引き起こしているのではないか、といった不安が広がるきっかけとなりました。 一方、このWHOが発信した情報には、症例定義*(この病気に該当する基準)があって、それには必ずしも重症の肝炎だけではなく、結果的に軽症であったケースが多く含まれています。問題は、日本でもそんな病気の子どもたちが増えているのか、そして重症になるケースが本当に日本で増えているのかどうかです。そこで、このWHOからの情報を受けて、日本でも国が、WHOが示しているこの原因不明の小児の急性肝炎の症例定義に当てはまる子どもがいれば、保健所に届け出てほしいという依頼を全国の病院や診療所に出しました。


    症例定義

    この届出調査を集めた報告(2022年12月16日現在)によると、2021年10月から2022年12月15日までの1年2ヶ月の間に日本で報告された症例数は131例となっています。この「1年2ヶ月間で131例」という数字が、例年と比べて最近増えているのかどうかが気になりますが、流行前に調査されたことがないために本当のところはまだ分かりません。一方、その131例のうち、急性肝炎の病状が非常に重症で、救命のために肝臓移植手術が必要となったケースは3例でした。この3例という件数は例年と比べて多くありません。むしろ少ないと言っていい数です。また、この131例の中には新型コロナウイルスやアデノウイルスが検出された例がそれぞれ9例、および14例含まれていますが、それらが検出されない例の方がずっと多いということも分かっています。
    つまり、まとめると、日本で原因不明の小児急性肝炎についてはまだ調査しないとわからないこともあるけれども、重症になるケースは減っていると思われる、また、今のところ新型コロナウイルスやアデノウイルスがその原因であるということはなさそうだ、ということになります。

     さて、4月に出された初めの頃の報告では、イギリスとアメリカの一部の州でとても多くの子どもの急性肝炎が比較的短期間に発生していて、特にイギリスでは下痢や嘔吐といった胃腸炎の症状を伴うアデノウイルスに感染している症例の比率が高いということで一気に世界中で心配が広がりました。そこで、日本だけでなく他の多くの国々でも調査や研究が進められてきています。それらの報告をみると、イギリス以外のヨーロッパの国々や日本を含むアジアの国々では症例数が増えているという状況は見られず、重症例の数も増えていないということが明らかになってきています。
    さらに、アデノウイルスが原因であるという証拠も見つけられていません。ただ、なぜイギリスや一部の地域で増えたのかについてはよく分かっていません。

     では、この子どもの急性肝炎の原因としてはどのようなことが考えられるのでしょうか。未知のウイルスが引き起こしている可能性、以前から肝炎の原因となりうるウイルスが変異したことによって子どもへの感染や発病の形が変わった可能性、新型コロナウイルスの時代に入って感染予防策が徹底されたことで子どもの基礎的な免疫機能が低下して体内に入ってきたウイルスと闘う過程で不適切な免疫反応が起こって病気を引き起こしている可能性などが考えられます。また、新型コロナに感染したことが影響し、その後、アデノウイルスなどが体内に入ってくることによって免疫の働きが過剰になり、正常な肝臓を攻撃してしまっていることが示唆される研究報告も出されています。いずれにしても、現時点でははっきりとした科学的な根拠は確定していません。

    さて、ここ3年間、新型コロナウイルスの流行は人間の生活習慣を変化させてきました。特にもともと清潔に気を配った生活をしてきた日本人の社会では、マスクや手洗い、ソーシャルディスタンスといった新しい習慣が根付いて、従来から存在して季節ごとに流行と収束を繰り返してきたコロナウイルス以外の感染症が少なくなる傾向があります。一方で、こうした生活習慣の変化だけではなく、人間がウイルスや細菌と戦う力、すなわち免疫力にも影響してきつつあります。いわゆる「免疫をつける」とか「免疫力を鍛える」といったチャンスが著しく減っているといえるかもしれません。特に、生まれてきて数年かかって段々と力をつけたりバランスを調整したりする能力を養うべき時期にある子どもたちが、人類の歴史上過去に例のないほど清潔な生活環境で育ってきているのだということを知っておく必要があります。このことは、急性肝炎の原因を考えるときに、実は未知のウイルスがあってそれ自体が悪さをしているのではなくて、人間の免疫力が不特定のウイルスとうまく戦えなかったり過剰に反応したりすることの方が関係していると考えるのが正しいかもしれません。

     最後に、これまでのところ日本の子どもたちの間に原因不明の急性肝炎が増えているという事実はありません。以前(新型コロナウイルスが登場する前)から、小児の重症の(人工肝補助療法や肝移植が必要になるような)急性肝炎は年間20例ぐらい発生していて、その約半分は原因がわからないままになっています。むしろ重症の急性肝炎はこの新型コロナウイルスがもたらしている生活や体の環境の変化の中で例年より減っているように思われます。しかし、それは一時的なものかもしれません。今後、これをきっかけに小児の急性肝炎の研究が進んで、この約半分のケースの本当の原因が解明されることを期待したいと思います。



    近畿大学奈良病院 小児科
    虫明聡太郎