疾患の解説
2.肝炎を起こした子どもの治療
ウイルス肝炎と免疫の力
どんな病気も、原因がわかってその原因をやっつけたりおさえ込むことができるのが理想の治療です。例えば、細菌の感染が原因の病気ではその細菌に対して有効な抗菌薬(抗生物質)を投与することができれば治療できます。しかし、肝臓でも他の臓器でも、病気になってしまう原因はさまざまです。肝炎を起こす病原体は多くの場合はウイルスであって、細菌が原因になることはほとんどありません。細菌と違って、ウイルスでは一部のものにしか有効な治療薬(抗ウイルス薬)がありません。最近はB型肝炎やC型肝炎などに効く抗ウイルス薬が開発されてきましたが、それらが子どもの急性肝炎を引き起こすことはほとんどありません。他に、新生児や特に免疫力(感染に対する抵抗力)が弱った状態の患者さんに対して抗ウイルス薬が投与される場合がありますが、一般的な子どもの急性肝炎に使用されることはありません。では、どうすれば良いのでしょう。人間にはウイルスを含めてさまざまな病原体と戦って、それらを排除するための免疫力が備わっています。ただ、その免疫力は、病原体が体に入って体内の臓器、細胞が傷められることがきっかけになって初めて発揮されるものなのです。その過程、つまり熱が出たり痛くなったりしんどくなったり、あるいは内臓(肝炎の場合は肝臓)の細胞が傷めつけられて起こる体の反応を「炎症」と言いますが、この炎症反応こそ免疫力による体の戦いの証(あかし)なのです。多くの場合、特にウイルス感染では、この免疫力が発揮されることによって病気の勢いがくい止められ、そのあと傷んだ肝臓の細胞が回復して肝臓全体の働きがもとの元気な状態に戻っていきます。つまり、直接ウイルスをやっつける薬がなくても自分の力(免疫力)で病気を治すことができるのです。ですから、急性肝炎の治療の基本は、不必要な体力の消耗をできるだけ小さくして、免疫力を戦いやすい状態に保つことが重要です。
治療の基本は安静と適切な栄養補給
そのために大切なことの一つは体の安静です。急性肝炎の場合、動かずじっとしていればしんどくないと感じても、少し頑張ろうとするとすぐに疲れてしまったり、だるくて眠れなくなったり、食欲がなくなったりしますから、とにかく安静を保つことは第一の治療の基本になります。 また、適切な栄養を摂ることも重要です。肝臓は、食物から摂る全ての栄養素が運び込まれる体内で最大の栄養工場です。その運び込まれる栄養素のうち、消化の良い炭水化物は肝臓に負担をかけることなくエネルギー源として利用されます。一方で、脂肪分やタンパク質の多い食物は胃腸にも負担がかかりやすい上に肝臓にとってもそれらを代謝(分解したり合成したり浄化すること)するのに負担がかかるもとになります。急性肝炎に罹ると食欲が無くなったり吐き気がして食べても吐いてしまったりすることもあります。そのような場合は点滴をして適切な糖分(ブドウ糖)や塩分を補給して、頑張って食べなくても安静が保てるようにします。自己免疫性肝炎の場合
ウイルス感染以外の原因として、自己免疫性肝炎という病名の肝炎があります。この病気は発症するとゆっくり進行したり、治るまでに何年もかかる慢性の病気で、たまたま他の理由で行った血液検査がきっかけとなって見つかることが多いのですが、急性肝炎に近い形で発症することがあります。この病気はその名の通り免疫が関係しているのですが、この場合の免疫は細菌やウイルスと戦うのではなく、自己の体、臓器、細胞を誤って攻撃してしまうことで病気を引き起こしてしまうのです。自己免疫性肝炎は上に述べたような安静や栄養補給だけでは治ることがなく、ゆっくり数ヶ月から数年かかって静かに炎症が進んで、肝臓が線維化といってだんだん硬くなって、肝臓の働き自体が悪くなってしまいます。ですから、自己免疫性肝炎であることがわかれば、その誤って自己を攻撃している免疫力を抑える治療をしなければなりません。一般的には副腎皮質ステロイドや免疫調整薬が使われますが、その投与量や副作用をよく考えて初めの段階でしっかり病気を抑え込む必要があるので、検査や治療のために1ヶ月以上入院が必要になることがあります。急性肝不全という怖い病状
ここまで述べたように、急性肝炎は安静と栄養補給を中心とした治療で自然に回復したり、お薬を使って病気の進行を食い止めたりすることの可能な病気と言えますが、まれにそうした治療を行なっても肝臓の障害が進んで悪化してしまう“急性肝不全”という恐い状態に陥ることがあります。急性肝不全になると、たくさんある肝臓の働きのうち血液凝固能(出血した場所で血を固める力)が下がってきます。怪我や病気で出血した時に、それを止めるために必要な大切なタンパク質成分のことを“血液凝固因子”と言いますが、肝臓はその因子を全て作って毎日新鮮な形で体に送り出しています。肝炎が悪化するとこの“血液凝固因子”が不足し始め、万が一体のどこかで出血が起こった時にそれを止めることができなくなってしまいます。その他にビリルビンという古くなった血液からできてくる黄色い色素が処理できなくなって黄疸(皮膚や白目の色が黄色くなってくる症状)がひどくなってきます。さらに悪化すると、肝臓の血液浄化作用が働かなくなって、アンモニアなど体に悪影響をもたらす物質が溜まってしまい、脳や神経の働きが侵され始めます。この状態を“肝性脳症”と呼びます。この“急性肝不全”の状態は大変危険な上に、悪化の進行が早いことが少なくありません。そのため、急性肝不全が進まないように人工肝補助療法と言って、太い血管から悪くなった血液を抜いて献血で集められた新鮮な血液と入れ替えたり、抜いた血液をフィルターにかけてきれいにして体に戻したりする治療が行われます。何日かかけてこの人工肝補助療法を行って、ひどく傷んだ肝臓が回復するのを待つのですが、それでも回復しない場合は救命のために肝移植手術が行われることになります。海外とは異なって日本では脳死状態の患者さんからの臓器提供数が少ないため、多くの場合は両親や近い親戚の方が臓器提供者(ドナー)となって肝移植手術が行われます。退院したら
子どもの急性肝炎の多くは安静と適切な栄養補給で治るものです。しかし、上に述べたように特別な治療を必要としたり、悪化して急性肝不全に進んだりする可能性もある病気です。そのため、初期に症状自体が軽いように見えても入院して検査と治療が必要になります。退院後はしばらくの間外来通院をして血液検査を受けることになるでしょう。学校生活では主治医が血液検査をみてOKを出すまでは激しい運動を控え、睡眠と食事など規則正しい生活を心がけるようにしましょう。(虫明聡太郎)