小児急性肝炎について
目次
A1.【小児の急性肝炎診療のポイント】
■ 肝機能異常には、血液検査で偶然見つかる症候をほとんど伴わないトランスアミナーゼ値の上昇から、急性肝不全まで様々な病態がある。
■ 肝機能異常の原因は多岐にわたる。まずは緊急対応を要する疾患を鑑別することが重要である。この時トランスアミナーゼ値自体が肝障害の重症度を反映しないことがあることに注意が必要である。
■ 直接ビリルビン優位の黄疸は急性肝炎である可能性を示唆する。
■ 血液凝固能の低下は肝不全の徴候であり、意識障害の出現に留意して慎重に経過を観察しなければならない。
■ 肝不全への進行が疑われれば、肝移植適応の検討を含めた的確かつ迅速な対応が必要である。
A2.【欧米で報告された小児の原因不明の急性肝炎、および日本での調査対象】
■ WHOによる暫定症例定義
1) 確定例:現時点ではなし
2) 可能性例:2021年10月1日以降、アスパラギン酸トランスアミナーゼ (AST)又はアラニントランスアミナーゼ (ALT)が500 IU/Lを超える急性肝炎を呈した16歳以下の小児のうち A~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている者。
3) 疫学的リンクのある事例:2021年10月1日以降に確認された確定例の濃厚接触者である任意の年齢の急性肝炎を呈する者のうち、A~E型肝炎ウイルスの関与が否定されているもの。
■ 厚生労働省健康局結核感染症課からの協力依頼(保健所への報告)(2022年4月27日)
2021年10月1日以降に診断された原因不明の肝炎を呈する入院例のうち、以下の1)、2)、3)のいずれかを満たすもの:
1) 確定例:現時点ではなし。
2) 可能性例:アスパラギン酸トランスアミナーゼ (AST)又はアラニントランスアミナーゼ (ALT)が500 IU/L を超える急性肝炎を呈した16歳以下の小児のうち A 型~E 型肝炎ウイルスの関与が否定されている者。
3) 疫学的関連例:2) の濃厚接触者である任意の年齢の急性肝炎を呈する者のうち、A型~E型肝炎ウイルスの関与が否定されているもの。
A3.【肝機能異常とは】
■ 一般に「肝機能異常」とは、血清肝トランスアミナーゼ値、特にAST (aspartate aminotransferase), ALT (alanine aminotransferase) 値が上昇した状態を指す。ただし、そこに含まれる疾患や病態は必ずしも肝疾患に限られるものではない。肝疾患の鑑別においては、AST, ALTにγGTP (γ-glutamyl transpeptidase)の異常値を含めて評価することも重要である。
■ 小児でトランスアミナーゼ上昇をみたときの診断フローチャートを図1に示す。小児の日常診療において肝機能異常に遭遇することは稀ではない。しかし、初診時に肝機能異常から肝疾患を積極的に疑うのは、黄疸がみられる場合や、肥満や急な体重増加をみたときなどで、それ以外では他の疾患の診断や評価を目的としたスクリーニング採血で偶然発見されることが多い。その際のトランスアミナーゼ値上昇程度は軽度から高度まで様々である。その境界は明確に規定できないが、概ね下記のように分けて考える。
● AST/ALT<100 U/L:軽度上昇
● AST/ALT=100〜500 U/L:中等度上昇
● AST/ALT>500 U/L:高度上昇
A4.【急性肝炎と急性肝不全】
急性肝炎とは主にウイルスを中心とした病原体の感染によって引き起こされる肝臓の炎症に基づく疾病である。A〜E型肝炎ウイルス、サイトメガロウイルス、EBウイルスなどのヘルペス属ウイルスなどは肝炎の直接的原因として肝細胞にウイルス遺伝子や蛋白が検出される病原体である。他に薬剤性のものや自己免疫性、代謝性の慢性肝炎からの急性増悪によるものもある。
一方、急性肝不全とは次のように定義される。すなわち、正常肝ないし肝予備能が正常と考えられる肝に肝障害が生じ,初発症状出現から8週以内に,高度の肝機能障害に基づいてプロトロンビン時間が 40%以下ないしは INR値 1.5 以上を示すものを「急性肝不全」と診断する。急性肝不全は肝性脳症が認められない、ないしは昏睡度がⅠ度までの「非昏睡型」と、昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症を呈する「昏睡型」に分類する。また、「昏睡型急性肝不全」は初発症状出現から昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症が出現するまでの期間が10日以内の「急性型」と,11日以降56日以内の「亜急性型」に分類する。「劇症肝炎」「劇症肝不全」は肝性昏睡II度以上を伴う急性肝不全昏睡型に該当する呼称であるが、現在は一般に用いられない。
A5.【トランスアミナーゼ(AST/ALT)の上昇をみたとき:① 診察】
急性肝炎の発症初期に特異的な症候はないと言って過言ではない。腹痛や倦怠感、食思不振、嘔気・嘔吐といった非特異的な腹部症状、あるいは発熱や気道症状で受診した際に行った血液検査で発見されることが多い。眼球結膜や皮膚の黄染、右季肋下痛、肝腫大が出現している場合はその時点で急性肝炎が疑われる。
・問診:受診の数日前からの詳しい病歴の聴取とともに、先行感染の有無を把握することが重要である。意識障害の評価も重要であるが、乳幼児では評価が容易ではない。「いつもよりおとなしい」といったことが後からみて意識レベルの変化を示していた可能性も考えられる。あやしても泣き続ける(易興奮性:irritability)が肝性脳症の症状であることがある。
・視診・触診:眼球結膜と皮膚の黄染の有無とともに重要な診察所見は、肝腫大の有無である。急性肝炎に伴う肝腫大は発症から急性期にしばしば右季肋下の圧痛を伴って出現し、病状の改善に伴って退縮するが、腫大肝の急速な縮小は劇症化(肝細胞の急速な壊死あるいは細胞死)の徴候であるため注意を要する。
A6.【トランスアミナーゼ(AST/ALT)の上昇をみたとき:② 検査】
■ 血液検査
<一次スクリーニング検査>血算、末梢血液像
AST、ALT、γ-GTP、ALP、LDH、CK、T-Bil、D-Bil(D/Tbil比)、総胆汁酸、TP、Alb、T-Cho、TG、ChE、BUN、Cre、Amy、Na K、Cl、Ca、P、Mg、Glu、NH3, 血沈 血液凝固:%PT、PT-INR、APTT、Fibrinogen、D-dimer、FDP
尿検査:一般尿検査、尿沈渣、尿中銅(随時尿または蓄尿)
<二次スクリーニング検査>
抗核抗体、抗平滑筋抗体、抗LKM-1抗体、抗ミトコンドリア抗体、IgG、IgA、IgM、血清鉄、TIBC/UIBC、フェリチン、sIL2-R、亜鉛、セルロプラスミン、銅、AFP、乳酸/ピルビン酸、血中ケトン体、遊離脂肪酸、血清アミノ酸分析、TSH、free T3、free T4、タンデムマス(含むガラクトース、濾紙血)
■ 画像検査
腹部超音波:肝腫大/脾腫大、胆管拡張、腫瘤性病変、腹水、肝実質の輝度、肝の形態変化などに注目する。
腹部CT:腫大していた肝臓の急速な萎縮は劇症化を表す重要な所見であるため、初期に肝容積のCT volumetryを行って経時的変化を把握できるようにしておく。
■ 感染症検査
<抗体価>
CMV IgM, CMV IgG, EBV VCA-IgG, EBV VCA-IgM, HSV-IgM, HSV-IgM, HAV-IgA, HBs Ag, HBc Ab-IgM, HBc Ab-IgG, HCV抗体, HEV-IgA
<PCR> HBV-DNA, HCV-RNA, CMV-DNA, EBV-DNA, HSV-DNA, HHV-6-DNA, VZV-DNA, パルボウイルス-DNA, アデノウイルス-DNA
■ 肝生検
小児の肝機能異常の診療において、肝生検が診断とその後の治療方針決定の鍵となる場合があるが、その適応判断は容易ではない。その判断と実施は原則として専門施設で行うべきである。■ 特殊検査
FACS, 炎症性サイトカイン、ゲノム解析など
A7.【トランスアミナーゼ(AST/ALT)の上昇をみたとき:③ 治療】
■ トランスアミナーゼの上昇に対しては肝細胞保護作用を期待してウルソデオキシコール酸、グリチルリチン製剤の投与が行われるが、有効性に対するエビデンスは乏しい。
■ 薬物性肝障害が疑われた場合の治療の基本は被疑薬を中止する。
■ 胆汁うっ滞型肝障害の際にはウルソデオキシコール酸の内服を行うとともに、脂溶性ビタミンの吸収障害によるビタミンK欠乏性凝固能障害を是正するため、経静脈的にビタミンKの投与を行う。
■ 血液凝固能(プロトロンビン活性)の低下がみられる場合には、まず速やかにビタミンKの経静脈投与を行って回復が観られないかを確かめる。安易に新鮮凍結血漿(FFP)の補充を行ってはならない。
■ 多くの場合は安静と適切な栄養摂取で数日から数週間内に自然回復する。
■ 一般に、肝障害に対する副腎皮質ステロイドの効果は自己免疫性肝炎以外では限定的で一律な投与は推奨されない。
しかし、ステロイドは抗炎症・抗浮腫作用とともに強力な利胆作用を有し、重症の肝炎症例に対してステロイドパルス療法が肝不全への進行阻止に有効である場合がある。ただし、その適応と効果についての明確なエビデンスやガイドラインはない。ステロイドや免疫グロブリンの投与は、可能な限り専門施設で肝生検を含めた評価や検体の採取を行った上で施行されることが望ましい。
■ 重症化した際には血漿交換、血液濾過透析を組み合わせた人工肝補助療法が行われ、さらには肝移植が必要となることもある。重症化が懸念された際には速やかに専門施設と連携を取る。
A8.【肝移植適応の検討とそのスピード感】
肝移植手術は肝性昏睡II°以上を呈する急性肝不全(劇症肝炎)に対して保険適応となるが、急性肝不全では内科的集学的治療を実施して、死亡が予測される場合は肝移植の適応を検討する。昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症が出現した場合は、血漿交換と持続血液濾過透析(CHDF)による人工肝補助(血液浄化療法)を行う。
小児では、急性肝炎から肝不全に陥り肝移植を必要とする症例には病状の進行が非常に早いケースもあり、肝移植の可能性があると判断されれば速やかに肝移植までの肝不全に対する集中治療が可能な施設への搬送が必要である。
2009年に厚労省研究班により作成された急性肝不全に対する肝移植適応基準スコアリングシステム(表3)で5点以上が死亡/肝移植が必要との基準として知られているが、その中でも小児においてはPT活性で20%以下*である場合は速やかな肝移植へのワークアップを具体的に進めなければならない(*ビタミンK投与で改善しない低下)。
PT60%以下またはPT-INR 1.3以上、ASTまたはALTが1,000 IU/L以上、総ビリルビン2.0mg/dl以上を呈する場合は肝移植が必要となる可能性を十分考慮し、専門施設への搬送、あるいは移植施設への相談を行うべきである。肝移植の可能性が考えられれば実際に搬送が必要であるかどうかは別として肝移植施設は24時間体制にあるので、いつでも連絡をしていただいて差し支えない。
<国内の主な小児の緊急肝移植 実施施設*>
・国立成育医療研究センター 臓器移植センター TEL: 03-3416-0181
・自治医科大学 移植外科 TEL: 0285-58-7069(医局),0285-44-2111(代表)
・京都大学 小児外科 TEL: 075-751-3243(日中),075-751-4383(時間外)
・大阪大学 小児外科 TEL: 06-6879-5655(日中),06-6879-5038(時間外)
・九州大学 小児外科 TEL: 092-642-5576
(*日本小児栄養消化器肝臓学会 臓器移植委員会 所属医療機関)
<小児の急性肝障害についてのご相談>
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(当サイトから連絡を取らせていただき、直接ご相談に対応いたします。)
【特殊検査について】
なお、日本小児肝臓研究会の会員が在籍している施設のうち、小児の急性肝炎・肝障害に関するご相談や患者さんの後送に関して対応可能との回答をいただいている医療機関のリストはこちらです。
<参考文献>
乾あやの、位田忍、須磨崎亮 他:本邦における小児期の劇症肝不全.日本腹部救急医学会雑誌29(4):583〜589, 2009.
虫明聡太郎、別所一彦、位田忍 他:小児の劇症肝不全における劇症化の診断と予知に関する検討.日本小児科学会雑誌 114(1): 65-71, 2010.
十河剛, 森實雅司, 乾あやの 他. 小児急性肝不全の内科的治療戦略.日本小児科学会雑誌 117(4): 718-731, 2013.
虫明聡太郎:急性肝不全. 小児栄養消化器肝臓病学 診断と治療社; 初版 2014.
Haack TB, Staufner C, Köpke MG, Straub BK. et al. Biallelic Mutations in NBAS Cause Recurrent Acute Liver Failure with Onset in Infancy. Am J Hum Genet. 2;97(1):163-9, 2015.
白濱裕子,関 祥孝,水落建輝,他:肝臓病診断のためのフローチャート.小児内科 48(6): 821-825, 2016.
虫明聡太郎:〜エキスパートの経験に学ぶ〜小児科Decision Making. 肝機能異常. 小児科臨床 84(4): 308-313, 2021.